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社長 細田雅春メッセージ

心つなぐコンパクト・シティーの構築 廃墟になる前にソーシャル・インクルージョン

  日本の人口減少と高齢化現象は深刻だ。もはや言うまでもないことになってしまったことだが、日本の人口は、2060年には8000万人台になり、さまざまな反少子化対策が取られたとしても、世紀末には確実に6000〜7000万人台になる。現在の人口規模からすれば、6000万人以上の人口が減少して、世紀末の日本の人口は半減することになる。こうなると日本の大都市や地方都市の構造が明らかに変わることになる。よほどのことがなければ、雇用の可能性を求めて人口は大都市に集まり、地方都市は、一層人口減少に拍車がかかり、その格差は現在のそれよりも、一層深刻さを増すことになる。シャッター街どころか、無人の街になり、廃墟化する地方都市が続出することになるだろう。

−急増する空き家

  一方大都市においても、今後、人口の減少化と高齢化の波は避けては通れない。それでも大都市には一層の情報集積が図られ、人も集まってくる。しかしながら、大都市から離れることのできない住民の高齢化は深刻さを増し始める。大都市特有の孤独死や居住者の老齢化に伴って、空き家が急激に増え始めるからである。すでに日本では、年間3万人を超える孤独死と累計750万戸を超える空き家が発生している。別荘や未入居や新築(入居待ち)案件を除いても300万戸は下らないという。高齢者が介護施設への入居や入院、あるいは家族との同居も含めて、かつての居住地を離れるケースは増加の一途を辿ることになる。空き家や空き部屋はますます拡大し、都市の荒廃につながる要因が浮上してくることになる。

  何よりも危惧されることは、人口規模と都市の規模との相関である。言うまでもなく、都市の規模は、人口密度の高さが根拠になるわけではない。人口の規模に見合った形やあり方(性格)に相関するからである。香港のような小さな場所に多くの人口が集まれば、高層化による高密度化は避けられないように、都市ごとにさまざまな成立要因があり、その相関において、都市の形と人口規模が決まるからである。すでに、多くの先進国ではその最大値を経験してきた。最大値とは、都市の物理的大きさと許容力の限界のことである。すでに東京などの大都市のみならず、地方都市においても、最大値を越える問題が発生してきたのだが、これからはその反対の問題が起きてくるだろう。つまり、人口減少と高齢化が進行し、都市の形や規模に見合わない都市施設や街が出現し始めたのである。とりわけ、日本では過剰ともいえる都市インフラを含めた規模や形の最大値が縮小することへの対策が遅れている。したがって、先に示したように空き家や空き部屋が都市や街の存在そのものに対する、大きな翳りとなり始めているのである。

−スポンジ状の空白

  都市の規模の最大値が都市の輪郭であるとすれば、その内側にはスカスカのスポンジ状の空白が生まれることになる。その状態を今後どのような手立てで取り扱い、都市の再構築につなげるのか。そのスポンジ状の空白が仮に、民間の私有地であれば、公共が買い取り手入れして公園や広場とすれば、都市や街にとっては必要不可欠な空間になる。またさらに、都市の中の生産緑地を生み出す工夫も好ましい。現役を離れた老人が趣味と実益を兼ねて、農産物を生産し、自給型生活を促進させるのも良い。さらに農地化は都市の異常なヒートアイランド現象を和らげる結果にもつながるだろう。そのように、空き地を私有地から公共用地に転化させ、利用すれば、そのメリットを幾重にも享受することが可能になる。また空き家や老朽化した住宅のコンバージョンをかけた再利用もある。しかし現実は、空き家の所有者の権利問題や細分化されている宅地の規模などにより、空き家の再利用にはさまざまな歯止めが掛かりすぎるという問題がある。所有者や相続人の意思に大きく左右されるのである。さらに相続人もいない孤独死の場合でも、国が管理するにしても容易にはことは運ばない。放置されれば、手が入らない廃墟となった空き家や施設は、結局、都市にとってお荷物になる。犯罪の温床になり得るなど、都市や街の活力を損なう原因になることは明らかである。都市にはその規模や性格に相応しい密度が必要だからである。そのバランスが崩れることになれば、大都市においても、小さな地域社会においても、たちまち崩壊し、限界都市の様相を持つことになる。

  すなわち、伸びたゴムをそのまま放置するのではなく、都市の人口や規模に見合った都市の輪郭、形を持つことが必要になるのである。それはいうなれば、人口規模や性格に相応しい、いままでとは異なったコンパクトな都市の輪郭と構造を持つことである。鉄道や道路など主要な結節点を有効に巻き込んだコンパクト・シティーを再構築することが求められる。それもこれまでのように、密度を高めた均一な都市の構造ではなく、多様化するライフ・スタイルを生かせる都市づくりが不可欠となるだろう。ダウンサイジングされたコンパクトで効率的、そして個性的な優しさを包含した都市の姿が浮上する。

コンパクト・シティーの条件は、別掲したように6点に集約される。

−弱者支援組込む

  むろん、こうした期待値は、大都市と地方都市では異なるが、高齢化と人口減少の2つの波の受け皿として新しい都市の形と都市運営のスマート化を模索すること、そして、弱者を社会的に支援するソーシャル・インクルージョン(social inclusion)*を都市生成の概念に組み込むことである。そうした条件の下で、内需拡大を機軸とした新たな成長産業を生み出してゆく環境を整備してゆくことである。

  そのために、筆者は生産労働人口の拡大化をいかに図るかが最大のポイントだという指摘を、これまでもしてきた。そして人口減少下でも確保可能な女性の生産労働人口への参入の拡大化こそが、日本に残された労働力の向上の道なのである。本稿では、生産労働人口の衰退と内需の減少化、そして日本のGDP(国内総生産)の傾向はパラレルに降下していることの説明は省略させてもらうが、いずれにしても、人口減少が都市の活力を奪い、都市の形を変えることになるという現実を考えなければ、日本の明日はないということだ。そこでいま生起している現実を直視して、問題解決に立ち向かうことがいかに大切かを力説したいと思う。

  一方では、公営集合住宅の空き家も同様な問題が引き起こされている。しかしながら、公共であるゆえの再開発的方法が有効に機能する事例も見られる。例えば、いま開かれているロンドン・オリンピックの開催地周辺地域の開発などは、その典型である。空白化した地域にこれから期待されるニーズを取り込んで、都市再生の起爆剤として有効に利用しているのだ。住環境にも新しい社会システム構築に取り組もうとする運動が盛り込まれている。オリンピックをひとつの契機として、新たな文脈を共有させながら、都市開発に心を盛り込もうとする考えである。とはいえ、そこには人口減少に見合った活力の出所を明らかにすることの困難さは残されている。

−都市は生き物ゆえに

  ただし、そうした公共事業としての展開は、民間の空き家対策に比べれば、行政が一括管理できるという点からすれば、先に示したように、所有者一人ひとりの意思の存在が前提となる場合に比べ、明らかに実行し易い。筆者が危惧しているのは、それぞれ事情が異なる民間の空き家対策そのものである。

  都市は生き物であるという。そうした観点からしても、民間の活力を最大限に発揮させ、これからますます先鋭化し始める人口減少下において、住宅の空き家対策を始めとする施設の老朽化に対応した街づくりや都市再生の方法にいまこそ心血を注ぐ必要がある。形が崩壊すれば、その社会の根底を成す魂(心)も崩壊するからである。都市が心を持った生き物であるという意味において、手遅れにならないうちに、人口減少に見合った多様な選択を可能とするコンパクト・シティーの構築を進める必要性は不可避なのである。

*social inclusionとは、社会から取り残された人や地域を再興し、孤立から救い、社会的包括的な支援を行おうという理念的運動である。

日刊建設通信新聞 2012年8月2日掲載



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